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3月の雪は憂鬱ながらも 始まりへの期待を確かに感じさせます
何もかもが新鮮に思えてきて 新たなる悲しみに気付いたりします
もうあなたのちょっとした一喜一憂に振り回されることもない
支離滅裂な自己主張も 無理難題な我がままもない
「セイセイした」なんて言えない・・・」
恐らくお互い忙しさにかまけて 蔑ろにする時があると思います
でも何時だって戻るところはここしかない
もうあなたのコロコロ変わる喜怒哀楽もないけど
無味乾燥な僕自身に 色を付けられるのは君しかいない
「セイセイした」なんて言えない・・・
恐らくお互い忙しさにかまけて 蔑ろにする時があると思います
でも何時だって戻るところはここしかない
今度会う時は その白いコートも見られなくなるのでしょうか
何もかもが新鮮に思えてきて 新たなる悲しみに気付いたりします |
これは私が地元の福島から埼玉に来る時に書いた詩です。
当時の心境が手に取るように分かってしまう、なんとも恥ずかしい内容(^^;
「セイセイした」って表現の仕方について、悩んだ記憶があります。
実際には「清清した」が正しいんですが、
漢字で書くとイメージに合わないと思ったんでこうしたような記憶が…
「生生した」って表現もあるんですよね。
これは”生き生きとした””活発な”的な表現なんでしょうけど、
こっちを使うと意味合いが違ってきますからね。
出来るならいろんなしがらみから「清清して」、「生生したい」ものですね(ぉ |
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